うみうしの日誌

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冲方丁「天地明察」より

理を説くこと高尚といえども術を解することうかつなる者はすなわち算学の異端なり
関孝和

理屈を説くのは高尚であるが、術を立てられぬようでは算学として異端である。


私の周りに数学が好きという人は多い。ただ、ややこしい計算やその方法を嫌って、理屈だけを考える人がいる。方針を考えるだけ考え、出来そうだと思うと式を立てずに終わりにしてしまう。私もそうだった。
理屈を考えるのは良いことで、真理に迫れたら素晴らしい。しかし、面倒であってもそこに厳密性を持たせよう。大まかな方針を立てて詰めを甘くすると、実は解けていなかった、何てこともある。

中学生のときの数学研究会の顧問の話によると、フェルマーの最終定理もそうだったのではないかということらしい。
詳しいことは私にはわからないので「非常に大まかな理屈」だけしか言えないのだが、「x^n+y^n=z^nについて、n>2のとき、これを満たす自明でない自然数x,y,zは存在しない」というこの予想は、n=3,4のとき、無限降下法を用いると真であることが証明できるのだ。そのため、n>4でも同様に出来ると考えたのだろう、と先生は言っていた。だが、オイラーがその方法を試みたものの、nが5以上の場合では適用出来なかった。だから、フェルマーには実は最終定理が解けていなかった可能性は十分大きいそうだ。

長くなったが、私が言いたいのは、数学好きを名乗るなら数学に誠実にならなければいけない、ということだ。
精進しよう。